コバ自動車模型商会
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名古屋私立中学生マンション転落事故について
みなさんこんにちは・・・

今日のコラムは一昨日起きた中学生による転落死亡事故の話です。

昨日の市教委ならびに河村たかし市長の記者会見の話では

飛び降りた中学生は同じクラスの同級生よりいじめを受けての

自殺だったようである。

この「いじめによる自殺」については本当に年々複雑化している。

とくに学校サイドも生徒サイドも自らを守ろうと口を割らない

だから真実は一つなのにその真実が明らかになることはない。

私も中学生の頃いじめを受けたことがある。

中学2年生になってクラス替えが行われ、

なぜかその時のクラスはある地域の仲間ばかりが集まる

偏った編成で、それらの連中と小学生の学区も違い

交友すらなかった私はのけ者にされた。

いじめというか仲間はずれそして嫌がらせである。

それも目に見えるものでなくて陰湿なやりかたで…今も許せない。

思い出すだけで怒りがこみ上げる。


私はそのクラスでは正直話し相手が少なく唯一話せるのは

同じ部活だった数人ぐらい、前述の仲のいい派閥連中がクラスで

幅を利かせ、先生も当然彼らの肩を持つ。

当然仲間の少ない私は彼らと距離を置かれ無視され、

そういうやつらは自分ら省け者を「お荷物状態」で

嫌がらせの対象にされた。

そういう状況から当時の担任もクラスでそういうムードが

出来つつあるのでお荷物状態の自分らを認識し

「あぁ居るのか」程度のどうでもいいやつ扱いにされた。

私が受けたいじめは買ってもらったばかりの靴を踏まれたり、

部活の用具を踏まれ放られたりと言葉や認定的な暴力でなく

陰湿なやりかたをされた。

先生に「~ことがあった」「~ことをされた」と言えば

状況は変わったかもしれない。

ただそんなこと簡単に言える訳ないし、言ったら更に何されるか分らない。

はっきり言ってそんな状況で学校に行ってもつまらなかったし、

行く気になれなかった。

ある時自分は学校をサボることを決行した。

朝学校を行った振りして反対方向へ歩いてサボった。

近くの公園のベンチでぼけーっと寝て過ごし、街中をあてもなく

ふらふら歩き回って夕方に家に帰った。

だがふらふらしてた時に同級生の親が見か学校に通報したらしく

また同じクラスの女の子が自分がいじめられてた事実を先生に打ち明けたらしく

翌日担任に呼び出され

「それは事実なのか?だから来なかったんじゃないのか?」と聞かれたが

今さら腹を割るつもりはなかったから

「何ともない」と答えた。

よくいじめのニュースがある度に「なぜ先生にSOSを発しないんだ」という

意見をよく聞かれるのだが発することなんて出来ない「壁」があるんです。


ただ当事者(やつら)に先生が話をしたのかその日を境に状況が変わり、

打ち解けたり仲は良くならないものの嫌がらせは無くなった。

ただそんなことよりも早く中学2年が終わることを指折り数えた。

ようやく苦痛の1年が終わり、翌年のクラス替えで別クラスだった

小学生の頃からの友達や新たに友達になったりして仲間に恵まれ、

環境大きく好転したため卒業式当日まで楽しく過ごすことが出来た。


自分の経験では一年の我慢に耐え切っただけなのですが

今のこの時間でも耐えられないほどの苦しみを抱えてる子が居る

もちろん親や学校の先生に打ち明ければいいのだが、

それはすごくいじめにあってる側からすればハードルの高い難しいことであり、

出来るようで出来ないものなのである。

今は時代も進み市区町村の役所もいろんな市民サービスに対する

部署があるし登場している。

役場にいじめSOSという部署を作り、

いじめられてる本人やその親が気軽に入れ、弁護士など親身に対応してくれる

第三者せ責任のある人を用意し、教育委員会や学校と蜜に連携し

いじめをなくさせるセクションを全国で早急に作るべきだと思う。

市町村でも教育委員会でも学校でも本気でいじめを無くそうという

関係各所が本腰を入れなければ一生かかってもこの問題はなくならないと思う。






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今日の一台 ノレヴ製 チームTLC トヨタランドクルーザー200 dakar rally 2009
皆さんこんにちは!!!

さて今日の一台は・・・

「ノレヴ製 チームTLC トヨタランドクルーザー200 Dakar rally 2009」


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ノレヴとはフランスのミニカーメーカーで

主にプジョーやシトロエンなどフランス国内メーカーのミニカーを手がけてます。

今回紹介してるミニカーは2011年に発売

かつてパリダカの愛称で親しまれたダカールラリーで2009年大会で市販車改造クラス

で優勝したチームTLCのトヨタランドクルーザー200です。


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ランドクルーザーはトヨタ自動車を代表する4輪駆動車。

1954年からこのランドクルーザーのブランド名が使用され、

トヨタ自動車の中では単一車種として最も歴史の長い名称である。


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今回紹介しているモデルは1997年より登場した現行型の200系シリーズ

またこの車両は前述のようにダカールラリーで2009年に市販車ディーゼル部門で

クラス優勝したモデルで、フランス人ドライバーのニコラス・ジボン選手と

コ・ドライバー(ナビゲーター)はトヨタ車体の社員である三浦昴氏が務めた。


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チームTLCとは愛知県刈谷市の本社を置くトヨタ車体の社内チームで

市販車のランドクルーザーの開発を目的としたラリー参戦である。

トヨタ車体の合併前であるアラコ(トヨタグループ再編でトヨタ車体に合併)が

1994年から参戦を開始し市販車ディーゼル部門では7連覇を挙げた。





今日のコラム 夏本番2013
皆さんこんにちは!

北陸・東北地方を除いて梅雨明けして夏本番を迎えました。

関東から九州の太平洋沿岸では猛暑になってるので

適度な水分補給と空調の効いた場所で体を休めないと

脱水症状になりますので十分注意してください。



それにしても年々夏の最高気温が更新されていきます。

まだ梅雨明けして間もないなのですが、

昨日は山梨県甲州市では39.1度を記録するなど

これは40度越えも数年後になってしまうのでしょうか。

自分が小学生の頃は30度越えることだけでも

「暑いなぁ~」と思っていたのですが

あの頃は30度でも時折涼しい風も吹いて日陰や木陰で涼んで

いられたのですが、

今では日陰も熱風で地面の熱が身体に伝わり

とてもじゃないけど屋外の作業は時折休憩を挟まなければ

脱水症状に引き起こしてしまいます。

一番怖いのがお年寄りが自分たちは若い頃から

暑さに耐えてきてエアコンなどを我慢してしまう方が

多いことなんですよね。

たしかに昔はエアコンなんて来客時くらいだったのですが

昔と今は違うんだとテレビ番組等で警鐘して欲しいですね。

まぁこれほど暑くなってしまったのは環境破壊という

時代とともに私たち人間が犯してきた功罪なのだから、

その都度対応して生きていかなければいけないですね。







ミニカーコレクションのお話2
みなさんこんばんわ・・・

さて昨日は幼少期のミニカーとの出会いを書きました。
今日は大人になってからミニカーコレクションについて書きます。
ミニカー自叙伝第2章のスタートです。

さて昨日は幼少期のトミカの出会いを書きました。
そして大人になってからのミニカーの出会いはこの一台でした。

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HDC(ホンダダイレクトマーケティング※現ホンダコムテック)特注MMP社製
1/24 ホンダオデッセイ(RA6)

これはホンダが2代目オデッセイがデビューした際に成約記念品として
配布されたのがこのミニカーでした。
6人乗りキャプテンシートタイプ(ゴールド)と7人乗りベンチシートタイプ(パールホワイト)
の2タイプありました。
自分は当時7人乗りのパールホワイトに乗っていたのでこのミニカーを成約時に
いただきました。
このミニカーは1/24のスケールだけにかなり精巧に作られていて、
「これはどこで作ってるのだろう?」と思って知ったのがのちにエブロでおなじみ
になるMMP社でした。

当時MMP社はホンダのノベルティーのミニカーを手がけていて
そのオデッセイのミニカーで心を奪われた自分は
ホンダがミニカーまでこだわって作ってるんだと言うことを知り
「これだったら集めてみたいな」と思い、ミニカーコレクションに目覚めました。

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まずは自分の乗っている(当時)ホンダのミニカーを主に集めようと
思い、まずは手ごろな市販のトミカやチョロQから始め、
ミニカー専門誌でホンダがグッズとして出していたHDCブランドのトミカ
に存在を知り、当時自宅にはネットの環境もまだなかったのでこれを見つけるのに
あちこち駆け回りすごく苦労しました。

唯一地元でスターウォーズやアメコミやアニメ系のフィギュアを扱ってた
マニアックな古本屋さんがあって、ダメ元で入ったらなんとそこにあったんです。
ショーケースにバモスホンダやNSXのルマンの2種類やTN360トラックなど
今思うと何でそこで買えたのか奇跡としか思えません。

やがてMMP社がHDCブランドで出してたホンダの1/43ミニカーも一部のショップで
販売していることを知り、ホンダのミニカーは欲しいのはほとんど買い揃えることが
出来ました。

そして当時人気の出始めてたJGTC(全日本GT選手権※現スーパーGT選手権)のミニカーを
ちょこちょこと買い始めてた2000年頃に一気にいろんなメーカーがミニカーに参入し始め、
専門店やコーナーも多く開店し、ミニカーブームといわれる時代になりました。
コレクターはネット時代でタイムリーにメーカーからのリリース情報を掴めるようになり、
特にネットオークションの登場はすごい衝撃で
「あの頃に手に出来なかったもの」が容易に手に出来るようになったのは画期的で魅力的に
感じ自分も多く利用しました。

また近年リサイクルショップでホビーを扱うお店が登場し始め
見つけ方によっては安価で手に出来るようにもなりました。
(自分もよく利用してます)

現在はコレクションのアイテムもずいぶん絞り、欲しい欲しかったものだけを買うようにしています。
・・・と言うのもリサイクルショップでいくら人気で高価なものが買い得な
価格で売っていても自分が欲しいものでなければ買いません。
だって本心は欲しい訳じゃないし、価値があるからと言って
財テクのようにミニカーを持つのは自分のコレクション論に反するし嫌だからです。

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これからも長くコレクションの趣味は続けたいですからね。
せっかくの生涯の趣味なのだから。









ミニカーコレクションのお話1
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皆さんこんにちは!!!

さて今日はコラムです。
「なーんだ」って思いの方もいらっしゃいますが、いつも画像ばかりを
上げているだけではせっかくのブログもマンネリ化してしまうし、
自分の頭を使って文章も書くことは大切ですよね。

さて今日のお題は
「私がミニカーを集めてる理由(わけ)」

私とミニカーの出会いは4~5才の頃でしょうか
最初はミニカーの代名詞「トミカ」でした。
車種は何だったかなぁ・・・
記憶にあるのが佐川急便のトラック(日産キャブオール)
だったような気がします。
すぐぶつけて色がはげたり、タイヤがハの字になったりとかして
廃車になってしまい同じものを3台くらい買ってもらいましたね。
やっぱり当時買ってもらった大半は働く車ですね。
だってクレーン車やはしご車のあのギミックが
普通のスポーツカーに比べてすごく買い得感がありましたね。

私には二歳上の兄がいて、いつも遊ぶときは金魚の糞のようにまとわりついていて
兄が大のクルマ好きで兄がトミカで遊ぶ姿を見て私も影響を受けました。

5歳くらいの時毎週日曜の朝におばあちゃんと一緒にお寺に
お墓参りに行ってその帰りにショッピングセンターの
おもちゃ屋さんでトミカをよく買ってもらいましたね。
だからお墓にトミカの入った巾着を持って持っていって
お寺の階段とかお墓でブーって遊んでました。
(今考えるとえらいことやってたなと思いますが…)
当時週末も親は働いてたし、だからといって小さい子を家において
お墓参りに行けないからおばあちゃんにとってもお墓でブーってやられても
しょうがないかなって思ってたんでしょうね。

子供のときはほとんどトミカオンリーでしたね。
スケールの大きなダンディトミカなんて実物おろか売ってるところも見たことなかったし、
ので存在すら知りませんでした。
またダイヤペットなんて「高嶺の花」だったし、なかなか買ってもらえませんでしたね。

小学生になってからはいろんなものに興味を持ち出し
スロットカーや鉄道模型(Nゲージ)とかプラモデルとかほんと色んなことを
やっては飽きてましたね。
TVゲームよりも自分たちは外で遊ぶことが好きで、自転車(要らない自転車)を
分解や改造したり、また自転車で遠方に出かけたりとアクティブな人間でしたね。

そのアクティブさが現在でも遠方のショップにわざわざ出かけて行っても
全然苦にならない点なのでしょう(笑)

その2へ続く・・・

さて次回は「大人になってからのコレクション篇」です。



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